〜平成18年度読書感想文コンクール入賞作品<2>〜
( )内は、第53回青少年読書感想文全道コンクール特別賞受賞作品 |
2006年11月23日発行 |
※順次、作品を載せていきます。 |
小学校低学年の部 渡島PTA連合会長賞 |
こぐまくん、ひとりでよくがんばったね |
山越小1年 岸 真綾 |
はじめてこの本をよみおえたとき、なみだがぽろぽろでてきました。おかあさんぐまといもうとぐまが人げんにつかまって、一人ぼっちになってしまった子ぐまのことが、とてもかわいそうでした。ないてないで、なきつかれてねむってしまった子ぐま。なんかいよんでも、このばめんにくると、じぶんが子ぐまになったようなきもちになって、やっぱりかなしくなってしまいます。
おかあさんが、ないている子ぐまをはなさきで力いっぱいおしだしたのは、このままだと人げんにころされてしまうのがわかっているから、子ぐまだけでもたすけてあがたいとおもったからだとおもいます。
はるにうちでかっているポニーが赤ちゃんをうんだときのことを、わたしはおもいだしました。うまれてすぐにおちちをのむときおや馬はじぶんのはなさきで子馬のはなさきをおして、おっぱいにとどくようにしてあげていました。「にんげんみたいにおはなしできなくても、子どものためにちゃんとしてあげるている。すごい。」と、わたしはおもいました。
子ぐまがよそのくまのおかあさんにあって、かぞくにしてもらえたときは、「本とうによかった。」と、あんしんしました。でも、子ぐまはいまでもきっとこころの中で、おかあさんぐまをさがしているとおもいます。
「子ぐまくん、これからもがんばってね。おかあさんみたいにやさしくかしこくなったね。」と、わたしはおうえんしてあげたいです。
きょねん、うちのちかくで、くまのふんを2かいもみつけました。「山こしでも、くまがつかまったら、ころされてしまうんだよ。」と、おかあさんがいっていました。人げんのほうからくまがすむ森にはいっていくのに、くまのおや子がはなればなれになってしまうことがありませんようにと、わたしはいま、おもっています。
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小学校中学年の部 渡教連協会長賞 |
もしもロボットが僕の家に来たら |
木古内小3年 溝口 洸 |
ジェイムズのお母さんとぼくのお母さんはぜんぜんちがうね。ぼくのお母さんはりょう理もうまいし、せんたくもとく意。そしてとてもやさしいよ。でもロボットは作れないかもしれないな。ジェイムズのお母さんはロボママを作っちゃったんだからすごいね。
もしぼくの家にロボママがやってきたら、どうしょうかな。
まず、ごうかなりょう理を作ってもらおう。オムライス、カレーおすしにケーキ。きっと、とてもおいしいよ。
あそびはまずオセロをやろう。もし、ぼくがかったらおこづかいをちょうだい。ロボママがかったら、ぼくが買い物を手つだったりするのがいいと思うな。
次の日はサッカーをやろう。こう見えてもぼくサッカー少年団に入っているから自信あるよ。サッカーをやるならふるさとの森公園がいいよ。そのとなりにはプールもある。クロールで25メートル泳げるように教えてよ。とっくんしてがんばるからさ。
ロボママい外のロボットを作れるなら何がいいかな。
まずはロボパパ。事けんを一発一秒でかい決してくれるんだ。おなかにはお金がいっぱい入っていて、いっしょにサッカーの練習をしたついでにおかしを買ってもらうんだ。
ロボまりっていうのもいいな。まりっていうのはぼくのたんにんの先生。先生よりももっときびしいロボットで、べん強をまちがえたりするとゲンコツがとんでくる。けっこうこわいロボットだけれど、いいことをしたら1こあめをくれるんだ。そういうところがやさしいよ。
あとは、ぼくにはお兄ちゃんがいないからぼくはロボあにがいいな。ゲームをいっしょにやって楽しむんだ。けどきっとロボットだから強いんだろうな。ぼくは何回負けてもリベンジ。そうしてぼくはどんどんレベルアップして、気がついたら世界チャンピオンになるんだ。ロボあににはそのときの金メダルをプレゼントするんだ。
こんなこと考えてたら、ロボットの家族とくらすのも悪くないなあ、なんて思っちゃった。なかなかべん利でいろいろなきのうがあって人間とぜんぜんちがうよね。
けれど大切な気持ちは人間の方が多いと」思うな。もちろんロボットも大切にしてくれると思うけれど、心は人間の方がたくさんあるんじゃないかな。たとえば、お父さんやお母さんはぼくを生んで大切にしてくれているよ。ぼくが病気になったら、ずっとそばにいれくれて、大切な気持ちでいてくれるんじゃないかな。早く病気がなおりますようにって。たぶんロボットママやロボパパ、ロボあに、ロボまりも思ってくれるかもしれないけれど、それでもやっぱり、お仕事をしているお父さん、おいしい料理を作ってくれるお母さん、時にはけんかもしちゃうけどおかしを半分こする妹。ぼくはそっちの方が大事かもしれないな。
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小学校高学年の部 函館新聞社賞 |
「うそつき大ちゃん」を読んで |
上磯小6年 小野 咲花 |
親友とは、思ったことを素直に伝えられ、信頼できる友達だと思います。今、私には、どんな時にもお互いを理解し合い、自分の思っていることを素直に伝え合うことのできる友達がいます。これこそが本当の親友ではないでしょうか。
私は、信頼し合える真の友情というものを大ちゃんがうそつきと言われても平気だったのは、自分は決してうそをついていないし、健ちゃんが昔のように親友として戻ってきてくれると、信じきっていたからだと思います。こんな友達関係っていいなと思いました。私は、この本を読んで改めて友達のすばらしさを実感しました。
しかし最近では、人々の信頼を裏切るような事件がたくさん起きていると思います。点検ミスや仕事をしっかりやていないせいであり得ない事故が起こったり、幼い命が簡単に犠牲になったり、さらには、すぐにかっとなって人を傷つけたりするような世の中です。これは、恐ろしいことですが、とても悲しいことです。信用していたものが信用できなくなり、安全だったはずのものが安全ではなくなっていきます。このままだと何もかも疑ってしまう、信用や信頼が一切ない暗く悲しい社会になってしまうのではないかと不安になります。これは人と人が直接話し合う機会が少なくなってきていることが一番の原因だと思います。今の時代は、メールで気持ちを伝える人も少なくありません。つまり、現代人は自分の声で直接気持ちを伝える、という一番大事なことをせず、機械や文字で気持ちを伝えようとするのです。文面だけでは、声の様子や表情などが伝わらず、もしかすると誤解されることもあります。そのために本当の気持ちが相手に伝わらず、最終的には残念な事件につながってしまう…私は、そう思います。
私は、今ミニバスケットボールをやっていますが、スポーツも同じだと思います。チームワークを築くためには、信頼関係が大切です。仲間を励ましたり、ゲームの流れを変えたりするときには、声をかけて気持ちを相手に伝えることがとても大切なのです。バスケットでは、チームメイト全員が親友だと思ってプレーしています。
人はみんな誰でもいいところや悪いところがあります。悪いところはすぐ目につきますが、いいところを見つけるには、いろいろな人と対話しなければ理解できないと思います。そうして互いを認め合うことで、今の新友との友情を深めたり、新しい友達の輪を広げたりすることができると思います。もう半年もすると中学生です。中学校では、今のクラスもばらばらになります。私は、思ったことを素直に伝え合う努力をし、新しい友達をたくさん増やしていきたいです。そして、信頼できる友達と共に、毎日楽しく過ごしていきたいです。大ちゃんたちのように…。 |
中学校の部 渡島学校図書館協議会長賞 |
織田信長の歴史をたどって |
木古内中1年 平野 彰人 |
「戦国の風雲児、織田信長」この本には、織田信長の一生が書かれてあり、その波乱万丈ぶりに驚かされながらも、感動を覚えました。ぼくは、信長が好きになり、信長の考え方や生き方にあこがれるようになりました。信長は今でも尊敬する歴史上の人物として、絶大な人気を誇っています。
信長の生き方には、まねをしたいけれども、その奇抜さにぼくにはちょっとまねできそうにないところもあります。だからこそ、あこがれ、ものすごくかっこよく見えるのです。
ぼくが思う信長の最大の魅力は、勝負強さです。信長の天下統一までの道のりに、その勝負強さが多々表れています。ます、天下布武というおおきな志を掲げたところから始まります。そして、頭に浮かんだことをすぐに実行する行動力、人生が短いことを知っていた信長は、その一瞬を大切にし、やるだけやてあとは強運にまかせるという潔さがありました。決してあきらめない、成功するまで続けようと試みるその粘り強さも、勝負強さの一部だと思います。
また、信長は革新的で独創的な一面もありました。戦いの戦術も信長のアイデアで工夫し、勝つための野望がうずまいていました。門地によらない人材登用や新兵器の活用などを通して、戦国時代をまとめようとしていたのです。戦い抜くには、勝負の運を天に任せるだけではなく、勝つための知恵と技術も身につける必要があったんだと思います。そのことを知り、実行していた信長は、天下を取るだけの器量も持ち主だと思います。
小さいころからうつけ者といわれ、比叡山焼き討ちなど、時には狂気をはらんだ行動は、何かただものではない雰囲気がかんじられます。けろども、その卓越したリーダーシップにより、天下統一を目指した志はすばらしいと思います。
ぼくは、信長の一生を知ってから、将来は信長のようになりたいと思うようになりました。信長の勝負強さや奇才には、ほれぼれしてしまいます。ぼくは、信長と違って、戦国時代に生まれたわけではありませんが、現代でも毎日のように自分との戦いがあるのです。
ぼくは、小さいころから野球をやっていて、試合も経験してきました。今は、レフトのポジションを守っていますが、小学校6年生の時は、ピッチャーを守っていました。ピッチャーはあこがれのポジションであり、誇りをもっていました。それと同時に、プレッシャーもかなりのもので、自分の投げる一球からすべてが始まるのだと思うと、緊張の連続でした。今まで自分のせいで負けた試合が何度もありました。
試合で苦しい場面がやってきたとき、もし自分が信長だったらどうするだろう。信長の精神を持っていたら、勝てるのにと思ったこともありました。神頼みならぬ、信長頼みになっていました。信長だったら、最後まであきらめないだろうし、高い志に向かって強気で立ち向うに違いないので、ぼくも、そうしてきました。きっとこれからも、信長を見習って戦い抜くことでしょう。
戦いばかりしていたような信長にも、心安らぐときはあったのだろうかと、ふと思うことがあります。ぼくには、家族がいて学校に行けば仲間たちがいて、心が穏やかになるときを作ってくれます。悩み事があるときも、落込んでいるときも、そばにいてくれる誰かが、ぼくの助けになってくれます。ぼくは、何をするときも、自分の心の帰る場所があると、安心して取り組めると思っています。今、ぼくがこうして、安定した毎日を送ることができるのも、周りの人たちのおかげです。本当は、いつも感謝の気持ちを持ち続けなければならないのに、忘れがちになってしまうのは、自分が恵まれているからかもしれません。信長が自分のために戦ってくれた家臣たちには、惜しみなく領地を与えたように、ぼくも、感謝の気持ちは相手に伝えていきたいと思いました。
信長にあこがれるぼくは、信長の生まれ変わりでもなんでもなく、普通の一人の人間です。信長になれないけれども、信長の精神を持った、さらには自分らしさも加わった、もっと違った人間になれると思います。歴史はいつだって繰り返されるものです。現代でも、信長のような野望を持ち、信長のような生き方をしている人たちが、たくさんいるかもしれませんが、自分なりの生き方の中で、手本とする部分は異なるかもしれません。それぞれに、信長の生き方の中で、手本とする部分は異なるかもしれませんが、自分なりの信長像を作り出して現代の風雲児となっていることでしょう。ぼくも、信長にあこがれる一人として、ぼくという個性を持った現代の風雲児となりたいと思っています。、ぼく自身が作っていこうと思います。 |
リンク |
文集「読書のよろこび」第43号(2007年11月発行)
平成19年度読書感想文コンクール入賞作品<1> |
文集「読書のよろこび」第43号(2007年11月発行)
平成19年度読書感想文コンクール入賞作品<2> |
文集「読書のよろこび」第43号(2007年11月発行)
平成19年度読書感想文コンクール入賞作品<3> |
文集「読書のよろこび」第43号(2006年11月発行)
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