文集「読書のよろこび」第41号
〜平成17年度読書感想文コンクール入賞作品<1>〜
( )内は、第52回青少年読書感想文全道コンクール特別賞受賞作品
2005年11月23日発行
※順次、作品を載せていきます。
小学校低学年の部 ともしび賞
   おにいちゃんってたいへん!                      
北斗市立市渡小学校2年  長谷川  柊斗
 この本を見た時、早く読んでみたいなと思いました。「おにいちゃんってたいへん!」って、ぼくのお姉ちゃんも大へんなのかな?と思ったからです。

 お兄ちゃんのフォックスは、いつも、お母さんに、妹のルイーズをつれて行くようにたのまれます。フォックスは、きっと、妹じゃなくて、友だちとあそびたいんだろうなと、ぼくは、思います。でも、おにいちゃんのフォックスは、妹のルイーズのめんどうをみてあげます。ぼくだったら、お兄ちゃんのフォックスみたいに妹のめんどうをみてあげれません。やさしいお兄ちゃんのフォックスです。

 ぼくには、お姉ちゃんがいるけど、やっぱり大へんなのかなと、ちょっと思いました。

 ぼくのお姉ちゃんは、やさしくてこわくていじわるです。でも、とっても大好きです。

 おかしが、一つしかない時、パキンとわってぼくにくれます。一人でおるすばんをしている時は、学校から走ってかえって来てくれます。ぼくが、さびしいと思っていたからだと思います。おかいものをたのまれた時は、ぼくが歩いている時に、後ろから、お姉ちゃんが自てん車でついてきてくれました。チャリンチャリンと音がしたので、後ろを見たらお姉ちゃんでした。ぼくは、とてもうれしかったです。お姉ちゃんは、牛にゅうをもってくれるために来てくれたのです。お姉ちゃんは、ぼくのめんどうをたくさんみてくれます。ファックスよりもやさしいなと思いました。
 
 これからは、めんどうをかけないよ。でも、かけるかもしれません。だって、ぼくって、おっちょこちょいだし、ちょっかいをすぐかけちゃうし、何かをやりなさいって言われてもしらんぷりしちゃうし、うるさいな!ってすぐおこっちゃうし、お姉ちゃんのいやがる言葉を言っちゃうし、お姉ちゃんが読んでいる本をうばっちゃうし、まだ、ほかにも一つか二つあるからです。

 お姉ちゃん、これからもよろしくね。。
小学校中学年の部 ともしび賞
   「ともだちからともだちへ」を読んで                      
八雲町立山越小学校3年  新田  早希
 「早希、これ、いいんじゃない?」。

 本屋さんでたくさんの本の中から、お母さんがえらんでくれたのが、この本でした。

 「ともだちからともだちへ」って、どういう意味だろうと私は思いました。

 初め、クマネズミ君が家の中にとじこもりだらしなく毎日をすごしていたので、(外で遊んだりすれば気持ちいいのになあ。)と私は思っていました。だけど、どんどん読んでいくうちに(ちょっとかわいそうだな。)と思ってきました。だって、ずっと友だちと会っていないからです。

 私も友だちと会えない日は、元気が出ません。それが何日も続くのですから、どんどん暗くなっていくのはよくわかります。

 落込んでいたクマネズミ君が元気になったのは、差出人不明のこんな手紙がきっかけでした。『君は大切な友だちです。君と友だちになれて本当によかったと思っています。君は大切な友だち。それを伝えたくて手紙を書きました。またね!』

 私なら、こんな手紙は書けないと思うくらいステキな手紙だと思いました。クマネズミ君が十回も読み返し、スキップしながら差し出し人をさがしに、外に出かけた気持ちがとてもよくわかりました。

 私がちょうど、『カヤネズミの朝も、早くやってきました。』の場面を読んでいた時、お母さんが、「どんな感じ?」と言いながら本をのぞきこんできました。そして、次の文『なぜならクマネズミが、5時に起こしにきたからです。』をお母さんといっしょに読んでいたら、とつぜん、「え?5時!?」と、お母さんがクスクスわらい出したので、私もついわらってしまいました。クマネズミ君がそれだけ張り切っていた事が伝わってきておかしかったし、かわいかったからです。

 どこにも出かけられなかった、以前の『パジャまんま』の時とは大ちがいだと思いました。そして、たった一通の手紙がこんなにも人を変えるなんて、すごいなと思いました。

 私はクマネズミ君がコウモリ君をたずねた後でしょんぼりして、「本当の友だち」について考えていた時、私もいっしょに考えました。その場面を何回も何回も読みながら考えました。そして、クマネズミ君がした事を通して、本当の友だちというのは、自分のために何かをするのではなくて、相手のために何かをしてあげる事だと、気づきました。

 本を読み終えてから、お母さんに「どうして、この本をえらんでくれたの。」と聞いたら、「お母さん早希に伝えたい事が書いてあったからだよ。」と答えてくれました。(そこまで私の事を考えてくれていたんだ。)と、私はうれしくなりました。

 (これからは、自分がされてうれしかった事を友だちにもしてあげよう。)と、心に決めました。
 
小学校高学年の部 ともしび賞
   「歩きだす夏」を読んで                      
知内町立知内小学校6年  山本 愛結
 私は、いつも本を読むのに時間がかかってしまうのですが、この本はいつのまにか夢中になっていて一気に読む事が出来ました。

 私は加奈子と同い年なので、加奈子の気持ちは良くわかりました。加奈子がお皿を割った場面では、私が加奈子の立場にいても、加奈子と同じ事をしたと思います。なぜかというと、陶芸さえ無ければ、ママは加奈子の車をもっと考えていたし、加奈子だって今よりきっと楽しかったでしょう。

 もっと大きく言うと、ママはパパと離婚していなかったかもしれません。なのに陶芸というパパをうばった物があるから、今のようになってしまったのだと思います。だから加奈子は、皿を割ってしまったのです。「これさえ無ければ。」きっとそう思いながら。

 なぜ加奈子は、パパやママにも話さなかったという、とても大事な夢についての話をさよ子さんの事を完全に他人だと思っているからでしょう。それに、ママには陶芸という夢中になれる物があります。でも、加奈子には夢中になれる物が無いので、ママに対して「悔しい」という気持ちがあるのかもしれません。だから、ママには夢についての話が出来なかったのだと思います。

 作者の今井さんは、私達子どもに何を言いたかったのでしょうか。私はその答えを二つの言葉で見つけました。一つ目はさよ子さんが言った言葉です。
「いちばんだいじなことはね。好きなことをするのよ。」
そして、二つ目はママが言った言葉です。
「…陶芸をやっていなかったら、いまほど自分を好きじゃなかったと思う…。」

 私はどの言葉もその通りだと思います。好きな事をするとママのようにがんばれるし、一つの事に夢中になれるからです。でも、きらいな事をしてもがんばれる事も出来ないし、夢中にもなれません。つまり、今井さんは、私達子どもに「自分のやりたい事、好きな事をやってほしい。夢を追ってほしい。」そう言いたいのだと思いました。

 私も、加奈子と同じようにまだ夢はありません。友達などに、将来の夢を聞かれたりした時は、思いつくままにお菓子屋さんとか、花屋さんなどと言ったり、加奈子と同じ事をしていました。でも、これから加奈子と一緒に、自分を好きになって本当の夢を見つけようと思います。

 私は、今、4つの習い事をしています。その中で一番好きな習い事は、バレーボールです。バレーボールが上手になれば、きっと自分を好きになれると思います。ほかの3つの習い事も得意になれば、自分を好きになれるような気がします。
 
 この本を読んで、夢について考える事が出来ました。この本に出会えて、本当に良かったです。
作者の今井さん、ありがとう。
中学校の部 毎日新聞社賞
   「アドイ俺は魂をデザインする」を読んで                      
上磯町立浜分中学校3年  田湯 郁美
 夏休み中に祖父の家に行った時、ちょっとして”事件”がおきました。親戚のおじさんが、旅行の帰りにたまたま入った喫茶店でかかっていた曲が気に入って、おみやげに買ってきてくれたのが、アドイさん達のアイヌ詞曲舞踏団「モシリ」のCDでした。それを集まっていた私の家族や祖父、祖母、親戚の人達がいるところで聴いていた時に、近所のおじいさんが用事で訪ねてきて、かかっている曲に反応して、「何だってこんな曲聞いてるんだ。変わった人達だな。この中にアイヌいるのか。」と言い、「アイヌなんて汚いわ、貧乏臭いわ…」と言い始め、妙な雰囲気になってきたので、おばさんが途中でCDを止めました。

 私はアイヌは昔から北海道に住んでいた人経ちだということと、日本人がアイヌと何か取り引きをする時に「はじめ、一、二、…九、十、おわり」と数えていたという話を知っていたくらいで、実際に見たこともないのでピンときませんでした。でも、そのおじいさんの長話を聞いていて、昔はひどいいじめや差別があって仲がよくなかったんだろうなと思いました。おじいさんが帰った後「偉いおみやげ買って来たもんだねぇ。」と誰かがおじさんを責めてみんなで笑いました。でも私は何となく嫌な気持ちが消えず、夜になってから祖父に、アイヌの人達がいた頃の様子を聞いてみました。祖父の家は余市ですが、祖父が知ってるだけで、三つの集落があり、車も通れない程の狭い小道を挟んで向かい合わせに何軒かの家が建っていたことと、同じ学校に何人かアイヌの生徒がいたけれど、いじめられたり、差別されたりする人がかなりいたこと、アイヌ人同士は結束が強く真面目だったこと、みんな学校を卒業すると就職のために集落を離れて行ってしまい、今では集落そのものがなくなってしまったことなどを教えてくれました。」私がアイヌ勘定の話を聞くと、祖父は「見たことはないけど、そうだったらしい。数が数えられないというのは嘘だと思うよ。こんなずるいことをする日本人はかわいそうだなと思いながらだされているふりをしていたんだよ。」と言うので、おもしろそうだなと思いました。

 そんな事があった次の日、父がこの本を見つけて買ってきてくれました。『アドイ』(自分でつけたアイヌ名、本名は豊岡征則さん)が率いるモシリ(静かな大地という意味)の活動について詳しく書かれていて、親戚のおじさんが寄ったのは、阿寒湖のアイヌコタンにある『宇宙人』という喫茶店だったこと、モシリはCDを出しているだけでなく、ライブや公演をたくさんやっていることも知りました。モシリは音楽や舞台を通じ、現代に生きる親しいアイヌ文化を創造する集団だそうですが、モシリを結成した真のねらいは、今までアイヌ文化に興味を示さなかったシサム(親しみの意味を込めた”日本人”の意味)や「脱アイヌ」(著しい差別のため、自らアイヌであることを放棄した人)に振り向いてほしいという思いだったとありあました。モシリのファンには、他人には勧めたりはせず、『隠れキリシタン』のように一人でCDを聞いて楽しんでいる人がとても多いそうです。アイヌ文化そのものが世間に知られていないので「なかなかいいぞ」と勧めても「変わってるな」と軽く流されたり、中にはライブに誘った人が「あなたが好きなのは勝手だけど、俺は土人じゃないから、今さら土人の踊りを見たり音楽を聞いてもしょうがないよ」と言われ、断られたという話がありました。『アイヌ文化振興法』という法律が1997年にできるまでは、『北海道旧土人保護法』という法律があったことも初めて知ってびっくりしました。アドイさんは、”文化の大切な要素である音楽や舞踏に対する気持ちまでねじ曲げてしまっう。長い間、アイヌへの差別意識を植えつけ、放任してきた日本の為政者の姿勢が、この現実をもたらしたのかと思うと俺は本当に悲しい”と述べています。

 実は、アドイさんの言うことは、とても深くて、盛りだくさんで、この本を何度も何度も繰り返して読んだだけでは、全部を理解することは私には無理でした。何年かしてからまた何度も読み返すつもりです。

 でも、価値観や生活習慣の違いなどから起こる対立や差別は、ゆっくりと本音で話し合うことで、お互いの意見や壁をなくして、理解し合うことができるのだろうと思います。少なくともモシリの音楽を聴いて顔をしかめてアイヌの悪口を言い始めたおじいさんのような考え方は寂しいなと思いました。

 これから、同じ民族、違う民族、いろいろな考えを持ったいろいろな人達に出会う機会があると思います。たくさんの意見を、アドイさんが言うように柔らかい心で開き、そして考えていきたいなとしみじみ思いました。
中学校の部 ともしび賞
   「秘密の道をぬけて」を読んで                      
上磯町立上磯中学校2年  白川 阿子
 ある夜とつぜん自分の前に黒人の家族があらわれて、家にかくれて住む。そして「お前は何も見なかったし聞かなかった」と、見た景色聞いた音、声を忘れるように命じられる。そんなことを体験したアマンダは逃亡奴隷だなど関係なく、明るくハンナに語りかけ、ハンナの心を開きながら、一家を知り理解していきました。その中ですばらしい「友情」をつくり、「自由」を知らないハンナに自由を見せてあげました。心がおおらかというのか本当に優しいというのか…アマンダは私の目に「ヒーロー」のように映りました。一家が家に来た夜中から、翌日の夜中までの丸一日。そんな短い時間の中で作り、誓った一生の友情。そんな友情を誓った友がいる家族を、体をはり命をかけて自由まで導きました。それと、アマンダが絶対に出てはいけないと言われた外にハンナを連れ出すシーン。「見つかったらどうなるのか?」とか「何事もなかったように帰って来れるといいな」など考えながら読むことができる。そんなスリル満点な本でした。読みおえた時も、何か充実感がありました。こういうひきつけられた本は、久しぶりです。

 本の途中に書いてありました。「遺失物」と「物」。人=物?当時、白い肌の人たちは、人を物のように扱っていた。昔の話ではあるけれど、そんなこと許せません。人をそのように扱う資格はないと思います。でもアマンダの家族は白い肌。そのような風潮に流されると人は、どんな考えでも持つようになってしまうのでしょうか…。私たちは黄色人種で、黒人、白人は遠い存在だけど、その真実を知って、二度と起きないようにするべきだと思います。

 「遺失物」の次に印象的だったのが、「アマンダのお芝居」です。父親に「お芝居するんだ」と言われて、自分で作り出した世界を演じてしまう。本の中の人といっても、すごい、よくできるなあと思いました。大切な人形がなくなった、という設定でのお芝居も、大声で泣く、頭にえがいた風景を言葉で表していく。そのアマンダが居てこそ、ハンナ一家は助かり、今の自由がある。以前にアマンダ両親が秘密の組織に自分の運命も全てかけて加わっていたこと。すごい勇気と決意だと思いました。かかわらなければ危険なこと触れなくてすむことだけど、一人でも多く救っていこうという決意からでしょうか。アマンダの両親、アマンダ自身、そして逃亡してきた一家の勇気と決意などがうまくからみ合って、自由への成功が生まれていました。人間、力を合わせると何でもできるように見えました。

 アマンダ一家、ハンナの一家を生み、本の中で動かした作者、ロニー・ショッターさん。人を本の中に吸い込むような物語を書くことができて、すごいなあと思いました。とても夢中になって読みました。題名の「秘密の道をぬけて」の「秘密の道」との言葉が気になっていました。想像では、軽く『何か「秘密の道」と呼ばれる道をぬけて逃げてくるのかな』と思っていました。しかし、それは自由になるためのぬけ道のことで、本の中の重要なキーワードでした。全く想像できなかったことが少しずつ解き明かされていく、だから本はおもしろいんだなあと改めて思います。「奴隷」のはなしは前に勉強したことがあって、興味を持っていました。なので今回、この感想文を通してそれについての本を読むことができてよかったです。

 アマンダは「奴隷」のことを遠い国のはなしだ、と思っていたけれど自分の家に隠すことになった、などということを体験しました。その例があるからには、世界の人みんなが所々の世界の事情を知って、助け合っていく必要があるのではないか。そう思います。今、現在も世界のどこかでは奴隷の問題はないと思うけど「戦争」というものがあります。遠い遠い国だから知る必要もないように思われるけど、そうではないと思います。「戦争はやめるべきだ」。戦争のことをくわしく知らなくても、みんな口をそろえて言います。私たちが言ったからなくなるものでは決してないです。けれど今回のアマンダの家族のように、相手や事情を知り、理解することができれば、口で言うだけではない、何か行動できるものを見つけれるかもしれない。そう思いました。

 このように、本を読むと自分の世界が広がって、別の視点から何かを見つめ、考えることができるんだなあと感じました。この本の結末として、ハンナの一家が無事カナダに着くことができて一番望んだ終わりで、ほっとしています。それも、一家と一家の交流、そして友情が生まれての結果でした。自由とは、私たちの大切な権利、宝物。あたり前のことを、この本は改めて心に残してくれました。
 リンク
文集「読書のよろこび」第43号(2007年11月発行)
平成19年度読書感想文コンクール入賞作品<1>
文集「読書のよろこび」第43号(2007年11月発行)
平成19年度読書感想文コンクール入賞作品
<2>
文集「読書のよろこび」第43号(2007年11月発行)
平成19年度読書感想文コンクール入賞作品
<3>
文集「読書のよろこび」第43号(2006年11月発行)
平成18年度読書感想文コンクール入賞作品<1>
文集「読書のよろこび」第43号(2006年11月発行)
平成18年度読書感想文コンクール入賞作品<2>
文集「読書のよろこび」第42号(2005年11月発行)
平成17年度読書感想文コンクール入賞作品<1>
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