文集「読書のよろこび」第43号
〜平成19年度読書感想文コンクール入賞作品<1>〜
( )内は、第53回青少年読書感想文全道コンクール特別賞受賞作品
2007年11月23日発行
※順次、作品を載せていきます。
小学校高学年の部 渡島支庁教育委員会教育長会長賞(北海道議会議長賞)
『森のいのち』に希望をたくして
                                  市渡小5年 松下 海星
 森の中をあるいていたら、気がつかないで通り過ぎてしまいそうな小さなかわいいきのこが。そのきのこが、頭を寄せ合いながらおしゃべりしたり、歌を口ずさんでいる雰囲気の表紙の写真に楽しさを感じ、私はこの本を手に取りました。美しい写真とナレーターのような文章は、私の心をとても穏やかにさせ、何度もページをめくりました。大、小のたくさんの動植物が、互いに係わりながら「いのち」を育て、美しい森の世界を生み出していることを知りました。その中で、死ぬことと生きることが繰り返され、死は次の生の栄養となって「いのち」をつないでいくことの素晴らしさを感じました。そして、私の頭の中に一つの疑問が浮かび上がりました。人間と森は、約二百万年前に地球上に誕生し、共に歴史を歩んできました。森は、「いのち」を大切にした美しい世界を現在まで保ち続けています。でも、人間は戦争、環境破壊、貧困という、「いのち」の大切さを見失った悲しい世界を創り出してしまいました。それは、どうしてなんだろうということです。
 
 私はそのことを、山が大好きで山を大切に思っているお父さんに聞いてみました。お父さんはしばらく考えてから、「海星、ここから2時間位の黒松内町にブナの森があるから行ってみないかい。」と言い、次の休日に連れて行ってくれました。静かで落ち着いた森の中をお父さんとお母さんの手の温もりにつつまれながら、胸をドキドキさせて一歩一歩進みました。そして、本の中で語られていた「森のいのち」を感じたのです。心安らぐほのかに甘いブナの木の匂い。木の葉の腐ったむっとした匂い。クジャクシダやツクバネソウの鮮やかな緑色。オオルリやミヤマカケス、ハシブトガラス達による楽しいミュージカル。お父さんが持ち上げた木下で驚いたように逃げ回る小さな虫達。ちょっぴり冷たくて、見ていると時を忘れてしまうほどきれいな沢の水。そよそよと木々の間を通り抜けるさわやかな風。その風を頬に感じながら青く澄んだ空を見上げた時、私は足を滑らせて転んでしまい、頭の先から体中落ち葉だらけになりました。でも、不思議なことに痛くありませんでした。アスファルトの上で転んだ時のような、冷たいザラザラした痛さが感じられなくて、温かくてやわらかい、やさしい感触でした。お父さんとお母さんは、笑いながら落ち葉をはらってくれました。私の胸の中は、もっともっと温かく幸せな気持ちになりました。

 私は、この時思いました。この相手を思う「やさしさ」が、太古からの「森のいのち」を支えてきたのではないかと。そして、人間は、この「やさしさ」を見失ってしまったから、平和な社会を築くことができなくなったのではないかと。私達には、英知という素晴らしいものが与えられました。この英知と思いやりの心で「いのち」を大切にした社会を未来に向けて創っていくなら、この地球は希望にあふれる美しい世界になると思います。

  
小学校中学年の部 渡島教育研究所長賞
タネット君のへの手紙
                                  木古内小4年 溝口 洸
 タネット君こんにちは、
 君ってすごいね。動物園をつくろうなんて、よく思いついたね。ぼくならそんなこと思いつかないなぁ。一人の病気の友だちのためにお金を集めるなんてすごいよ。もしぼくだったなら、自分のおこづかいをあげるとか、学校のみんなに知らせて、お金を集めることぐらいしか思いつかないけど。

 タネット君とぼくは、どこがちがうのかなぁ。年は同じなのに。まず、指示するのが上手なんだね。ぼくは、クラスの班長になったことがあるけど、指示を出すのはむずかしいよね。タネット君の場合「友だち4人がすぐ来て、協力してくれたよね。はずかしいし、もし指示をだせても、みんなそのとおりきてくれないよ。タネット君の場合、友だち4人がすぐ来て、協力してくれたよね。実行委員会を作ったら、どんどん人が集まって来たよね。そして、街じゅうの人が手伝ってくれた。スペインはそういう所なのかなぁ。それとも、タネット君がすこいからなのかなぁ。だって、上手に人にたのんだり、注意したりできるんだものね。ぼくもタネット君みたいなリーダーになりたいな。

 
 もし、ぼくが係をやらせてもらうとしたら、第一希望は、動物班がいいなぁ。たくさん虫をとって大かつやくするんだ。「こうは虫とり名人」と言われていたんだよ。ちょうやトンボなど、飛んでいる虫なら、す早くつかまえることができるんだ。どう?こんなぼくを仲間に入れてくれないかい。そういえば、動物をつかまえるのは苦手だけど、ネズミならつかまえたことがあるよ。かじられそうになってすぐ手をはなしちゃったけどね。
 
 もし、動物班がむりなら、ポスター班に入れてくれよ。でも、絵を書くのはあまり得意じゃないなぁ。そうだ!ポスター班にまじって新聞班も作ろうよ。ぼくは去年、新聞係を作ってみんなと一緒に、新聞を書いたことがあるんだよ。グットアイデアでしょ。そんな係をやらせてもらったら、喜んで引き受けるんだけどなぁ。もしかすると、有名になってあちこちから、お客が集まるかもしれないよ。そうなったらタネット君はどうする?
 
 タネット君たちががんばったおかげで、動物園は大成功。ぼくは、タネット君の仲間たちがあんなに不安がっていたのに、結果はとてもうまくいったので、おどろいたよ。そしてほっとしたと同時にうれしかったよ。でも一番うれしかったのは、ピトゥス君がスウェーデンに行って、元気になったことだな。みんなにとって大事な仲間が、元気になって本当に良かったね。ぼくには、5人の仲間のチームワークの良さが、すごくわかるよ。

 ぼくは今まで、人のことを思いやるということが、あまりなかったけれど、君を見習って、近くにこまっている人がいたら、知恵や力を出しあって助けてあげられればいいなぁ。どんな小さなことでも、はずかしがらずに、勇気をふりしぼって行動すれば、きっとよい結果につながる。そんなふうにして、ぼくも、良い人間になりたいな。

小学校低学年の部 渡島教育局長賞(優良賞)
「ピリカ、おかあさんへの旅」を読んで
                                  大中山小2年 中島 結
 ピリカはすごなぁと思いました。

 ピリカは、4さいの魚のさけです。魚だと4さいは、もうおとなになっているそうですが、ピリカたちには、生まれた時からお母さんがいないのです。
 
 さけたちは、たくさんのなかまたちと、ひろい海で大きくなって、おとなになると生まれた川へもどっていきます。お母さんに、
「あなたの生まれたところは、ここよ。」
と教えてもらったわけではありません。それなのにわかるなんて、すごいなぁと思いました。

 わたしは、お母さんやお父さんやお姉ちゃんに、いろんなことを教えてもらいます。わからないことが、たくさんあるからです。それに、こまった時には、たすけてもらったりもします。でも、ピリカたちは、自分たちでいっしょうけんめいに、川にむかいます。

 海では、さめにおそわれそうになったり川についてからも、ヒグマやオオワシに食べられそうになったりします。わたしは、とてもドキドキしました。わたしだったら、こわいことにあったら、と中でにげちゃうかも…そう思うと、いっしょうけんめいなピリカたちさけは、とても力強く、かっこよく見えました。

 川についたピリカは、たまごをうんでお母さんになります。そして、力つきてしんでしまいます。お母さんの声がよんでいる気がして、たくさんのきけんなことに合いながら川についたピリカ。お母さんには会えなかったけど、自分がお母さんになったピリカ。

 わたしは、ピリカのお母さんの
「ピリカ、とてもがんばったね。」
という声が聞こえたような気がしました。きっとその声は、ピリカにも聞こえたと思うのです。

中学校の部 渡島小中学校長会長賞
「はだしのゲン」を読んで
                                  森中3年 石川 裕佳
 「父ちゃん見てろ!わしゃ生きるど、何があっても生きてやるわ!父ちゃーん!」
本を読み終えて閉じたとき、この力強い頼もしい一言が私の心にびんびんと響き、そして深く刻み込まれていたのだった。

 みなさんは、考えた事があるでしょうか。当たり前にある日常が壊れてしまい、大切な人を失った世界を。そこには体験した人だけが分かる絶望の中での、たとえようもない悲しさ、辛さがあるのです。
 
 その絶望の世界から乗り越えた一人の少年がいます。この本の主人公、中岡元です。

 元は、今から62年前広島に投下されたたった一発の原子爆弾により父・姉・弟を自分の目の前で失ってしまいました。ついさっきまで笑顔で話していた家族が急にいなくなってしまうのです。家族の死が信じられず、いや信じたくなくて夢だよね?嘘だろう?と自分に問いただしていたでしょう。大切な家族との楽しかった日々、大切な家族の一言一言が元の頭を絶えずよぎり、悲惨で残酷な運命を目の前に悲しみだけでなく戦争に対して怒りが込み上げていたはずです。

 私自身、昨年大好きだった父を失いました。父の死は仕事中での海難事故によるものでした。

 あの日、いつも笑顔で温かかった我が家にとって地獄のような知らせが届きました。
 「漁船に父の姿が見えない」と。何が起こったのか理解できず放心状態だった自分を今でも覚えています。父の捜索のため空にはヘリコプターが海には漁船がたくさんありました。父の無事を祈り続けた家族の思いは、無情にも届かず父との永遠の別れになってしまいました。父なら戻ってきてくれる、いつものように”ただいま”と帰ってくれる、現実から逃げだしたくて泣き続けながらそう思う日々でした。

 父との永遠の別れ、そして戦争という痛ましい出来事を通して改めて「命の大切さ」「家族の大切さ」について深く考えさせられました。

 最近、テレビや新聞では、あまりに容易に起こされる殺人事件や無意味な戦争の報道が流れない日はないといっても過言ではなく、以前には、生徒同士のいじめが原因で自殺をしてしまうニュースが世間を騒がせていたことがありました。

 なぜ、そう簡単に人の命を奪えるのか、どうして自ら命をたつことができるのだろうか。悲しみ泣き続ける人がいることを忘れてしまっているのだろうか。生きたくて、生きたくても運命のいたずらによりこの世を去らなくてはいけない人もたくさんいるのにかかわらず…なぜ?去っていく人たちの分も残された人たちは命のある限り生きていかなければならない義務があるのではないかと私は思います。つくづく人の命の重さを実感しました。

 「家族」それは、助け合い、お互いを信頼し合えるかけがえのない大切な存在です。また、喜び、悲しみ、怒りさまざまな感情を共にわかち合える存在でもあります。父がいなくなってから約一年の月日が流れようとしています。父がいなくなってしまった今、どんなに嬉しいこと楽しいことがあった時でも、なかなか心の底から喜ぶことができず、父と一緒にこの喜びをわかち合えたらどんなに幸せだっただろうと思ってしまいます。

 また、いなくなて改めて父の偉大さを痛感しました。仕事熱心で誰にでも優しい父は私のほこりであり自慢の父です。どんなに辛いことがあっても決して弱音を吐かず、誠実で責任感のある父を母は目標にして生きなさいといつも私に言います。

 元もまた、母にいつも言い聞かされていることがあります。
 「踏まれても踏まれてもまっすぐ伸びる麦のように負けぬよう強く大きくなるんよ。」と、元の家族が育てていた麦は元の父の生き方そのものでした。

 その言葉に共感し、絶望の世界から確かな一歩を踏みだせた気がします。
 「世の中にこんなにたくさんの人がいて、たくさんの家族があるのに、どうして我が家だったんだ?」何度も何度もこの残酷な運命を、恨み続けました。

 しかし、みなさんは聞いたことがあるでしょうか。神様は、乗り越えられない人の前には壁を作らないと。果たしてそれが真実なのかどうか私は分かりません。ただ、家族みんなの心に永遠に生きつづける父と共にこの大きな壁を乗り越え明るく前向きに生きていくことも私に与えられる使命なのかと感じます。

 私はこれからの人生を、父に恥じぬように懸命に生きています。いつか父に出逢えた時”がんばったね”と言われるよう一日一日を悔いのないよう歩んでいきたい。

 元、勇気をありがとう。

 あなたに出逢えたことに感謝します。
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文集「読書のよろこび」第43号
平成19年度読書感想文コンクール入賞作品<2>
平成19年度読書感想文コンクール入賞作品<3>
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