文集「読書のよろこび」第42号
読書は至福のとき
渡島学校図書館協議会会長  増 田 和 行
 18年度渡島青少年読書感想文コンクール入賞作品集「読書のよろこび」を発刊することができました。
  今年もまた、渡島管内の小・中学校のみなさんから、たくさんの作品を応募いただきました。そして、指導してくださった先生方、この事業を応援してくださった関係者のみなさんに心からお礼と感謝を申し上げます。ありがとうございました。
 冬に降り積もった大雪、そのために遅れた雪解け、更に冷たい雨が降り続き、7月末まで肌寒い日が続きました。8月に入るとなんと猛暑が続き、秋になっても例年より暖かい日が多く「稔りの秋」を迎えたのでした。今年も甲子園では「アツイ」戦いが展開されました。南北海道代表の駒大苫小牧高校と関東代表の早稲田実業の二日間にわたる決勝戦は、全国の人たちに多くの感動を与えました。また、日本シリーズでは、北海道を本拠とする日本ハムファイターズが、「日本一」の胴上げを地元でしてしまいました。ヒルマン監督の「シンジラレナーイ!」が印象的でした。
 今年の読書感想文コンクールは、「潮目」を感じさせられました。いままで質の高い作品を寄せてくださっていた学校が振わず、反対に地道な取り組みをしていた学校が急成長して、「入賞の地図」を塗りかえてしまいました。渡島管内の各学校の読書指導は一年ごとに高まっています。そして、熱心に指導実践をする若い先生方も増えています。そのエネルギーを結集して、渡島地区の読書感想文コンクールに数多く挑戦していただきたく思います。今年の作品の傾向は、小学校の低・中学年に感受性豊かで瑞々しい表現の作品が多く、入賞作品の決定に審査員の嬉しい悲鳴を聞きました。しかし、高学年と中学生の部は、例年に比べると力不足を感じました。読書感想文を書くのに、「本の選択」がしっかりしていません。書かれている内容は「構成力」に乏しく、文章に勢いやしっかりした流れがありません。少なくとも、「読んでくれる人」がいることをしっかり考えて文章を書いて欲しいものです。
 本を読み、本の中に自分の心をさまよわせて、今の自分を見つめ、自分の生き方や在り方を考える時間は、読書の「至福」のときなのです。また、私たちの身の周りから徐々に姿を消していく自然や生き物、そして風景風物に心を寄せることも、また大切なことなのです。本を読む楽しさと本を読んで学ぶ喜びを大切にして入賞したみなさんに改めて拍手をおくります。
 渡島学校図書館協議会は、数多くの方々のご理解とご支援、そしt善意によって活動を続けてまいりました。本会の存続には志を継ぐ会員の入会、そして活動を支えてくださる関係機関のご理解とご支援が不可欠です。「すばらしき実践」の継承のため、今後とも、より一層頑張って参りますので、更なるご指導とご鞭撻をいただきますようお願い申し上げてあいさつといたします。        
<2006年11月23日発行「文集 読書のよろこび 第42号」巻頭言より>
〜平成18年度読書感想文コンクール入賞作品〜
2006年11月23日発行
※順次、作品を載せていきます。
小学校低学年の部
渡島教育局長賞(北海道立図書館長賞)
どんなかんじかわかったよ
                               山越小2年 木村 圭吾
 ぼくは、今までかんそう文を書いたことがない。自分には書けるような気がしなかった。
 でも、この本を読んでいるうちに、いつのまにかぼくは、ひろみくんみたいに「どんなかんじかなあ。」って、いっしょに目をつぶったり、耳をふさいでみたり、「もしもお父さんやお母さんがいなかったら…。」と考えてみたりしていた。そうしながらぼくは、この本をもう何十回も読んで、いろんなことをかんじた。びょう気のこと、けんこうのこと、お友だちのこと、しんだおじいちゃんのことなんかも。それで、かんそう文を書きたくなった。
 この本を読んでいた時、お母さんがおつとめしていたころのお友だちに、口がきけない人がいたと聞いた。その人は頭がよくて、お母さんが思いつかないようなことも考えれる人だったそうだ。ぼくは(すごい。)と思った。
 しんだおじいちゃんが小学校の先生をしていたことは前から知っていた。だけど、足がわるくて、ぎ足をしていたり、車いすにのったりしていたことは、この前、お母さんから聞いてはじめて知った。おじいちゃんは足がいたくても、ねつが出ても、子どもたちに会いたいから休まないで学校に行っていたと聞いた時、ぼくは(おじいちゃんは本とうにがんばりやさんだったんだ。)と思った。
 ぼくはこの本を読むまでは、しょうがいのある人たちは、いつもすごくつらくて大へんだと思っていた。でも、この本の中のお友だちはみんな、ちっともつらいようすをしていなかった。みんな、けんこうなぼくよりふしぎなパワーをもっていた。まりちゃんは目が見えない分、耳をつかっていた。さの君は聞こえない分、目を、ひろ君は体をうごかせない分、頭をつかっていた。りょう親がいないきみちゃんは、心をいっぱいつかっていた。
 ぼくは、ぼくのこのけんこうな体をいっぱいつかって、もっとがんばらなきゃと思った。

渡島PTA連合会長賞(北海道議会議長賞)
こぐまくん、ひとりでがんばったね
                               山越小1年 岸  真綾
 はじめてこの本をよみおえたとき、なみだがぽろぽろでてきました。おかあさんぐまといもうとぐまが人げんにつかまって、一人ぼっちになってしまった子ぐまのことが、とてもかわいそうでした。ないてないて、なきつかれてねむってしまった子ぐま。なんかいよんでも、このばめんにくると、じぶんが子ぐまになったようなきもちになって、やっぱりかなしくなってしまいます。
 おかあさんが、ないている子ぐまをはなさきで力いっぱいおしだしたのは、このままだと人げんにころされてしまうのがわかっているから、子ぐまだけでもたすけてあげたいとおもったからだとおもいます。
  はるにうちでかっているポニーが赤ちゃんをうんだときのことを、わたしはおもいだしました。うまれてすぐにおちちをのむときおや馬はじぶんのはなさきで子馬のはなさきをおして、おっぱいにとどくようにしてあげていました。「にんげんみたいにおはなしできなくても、子どものためにちゃんとしてあげている。すごい。」とわたしはおもいました。
 子ぐまがよそのくまのおかあさんにであって、かぞくにしてもらえたときは、「本とうによかった。」と、あんしんしました。でも、子どもはいまでもきっとこころの中で、おかあさんぐまをさがしているとおもいます。
「子ぐまくん、これからもがんばってね。おかあさんみたいにやさしくかしこくなってね。」と、わたしはおうえんしてあげたいです。
 きょねん、うちのちかくで、くまのふんを2かいもみつけました。
「山こしでも、くまがつかまったら、ころされてしまうんだよ。」と、おかあさんがいっていました。人げんのほうからくまがすむ森にはいっていくのに、くまをつかまえるのはかわいそうです。
  人げんにつかまって、くまのおや子がはなればなれになってしまうことがありませんようにと、わたしはいま、おもっています。

ともしび賞
「あかちゃんてね」をよんで
                               市渡小1年 磯江  歩子
 わたしのおともだちに、ゆうきくんというあかちゃんがいます。ゆうきくんのおかあさんやわたしが、ゆうきくんのめをみてわらうと、ゆうきくんもわらいます。ゆうきくんがわらうと、みんなもわらいます。そんなとき、わたしはうれしくて、ふしぎなきもちになります。わくわくしてきます。
 このほんのあかちゃんはれいちゃんです。れいちゃんもにこにこしています。
 れいちゃんのおへそには、へそのおがくっついています。おかあさんが、へそのおは、おかあさんのおなかのなかの「しきゅう」というおへやとつながっていた、おしえてくれました。わたしにもおへそがあります。わたしはおかあさんのくちとつながっていたとおもっていたので、びっくりしました。でも、おかあさんとつながっていたのでうれしかったです。
 れいちゃんがねつをだしました。とてもかわいそうでした。
 わたしもあかちゃんのとき、ねつをだしたとおかあさんがいっていました。わたしはきかんぼうなあかちゃんだったのに、てとあしをうごかさなくなったから、とてもしんぱいなきもちになった、とおしえてくれました。

 いまはおおきくなったから、あまりねつをだしません。でも、けがをたくさんするようになりました。おかあさんは、「あゆこはけがばっかりしているけど、げんきがいちばん、えがおがいちばん。」といいました。わたしは、「やっぱりそういうとおもった。」といってわらいました。なんだかうれしいきぶんでした。れいちゃんもわたしみたいに、げんきにそだってほしいです。

 

 
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